「平和協力国家」の領土紛争挑発―帝国の版図は完全に廃棄されなくてはならない―

 

 

 

 

 

雑誌『マル』寄稿080811

「平和協力国家」の領土紛争挑発―帝国の版図は完全に廃棄されなくてはならない―

アジア共同行動(AWC)日本連絡会議 豊田幸治

 

【はじめに】

7月14日、日本の文部科学省は、中学校新学習指導要領の解説書(以下「解説書」とする)に、韓国の領土であることが明白な「独島(日本名・竹島)」を「我が国の領土」として明記したことを明らかにした。2005年3月、島根県が「竹島の日」条例を制定してから3年半を経て、日本政府の独島領有権主張が福田政権のもとで一歩すすめられたのである。

「竹島の日」条例制定のときと同じく、この日本政府の行為は韓国において政府のレベル、メディアのレベル、そして李明博政権を批判してたたかいを継続する民衆のレベルにおいて大きな抗議・弾劾の言動を巻き起こしている。

韓国政府は、駐日大使の一時帰国や日韓外相会談の拒否、あるいは韓昇洙首相が韓国首相としては初の独島訪問を行うなどの対応をただちに行った。

韓国メディアは、この情報がもたらされるやいっせいに日本政府の姿勢を厳しく批判する報道を開始している。

そして韓国民衆は、折からの米国産牛肉輸入再開反対を掲げた李明博政権退陣要求デモと一体に日本政府への抗議行動を展開している。日本大使館前において連日連夜の抗議行動が行われ、7月17日夕の反政府集会後、数千名のデモ隊は日本大使館付近に集結し、「解説書」への独島領有権主張明記への抗議を展開した。

そしてまた、このかん活発に展開されてきた、日韓間の地方自治体同士の交流事業や学校間、児童・生徒間の交流事業、各種の民間交流などもストップしてしまった。

かたや、当の日本政府側は「お互いの立場を乗り越え、理解を深めていくことが大事だ」(福田首相)、「韓国側には冷静に対応してほしい」(町村官房長官)などと、まるで他人事のように韓国側に冷静な対応を求める態度でいっかんしている。あるいは、「解説書」記載の実行責任者、渡海文科相(当時)にいたっては「大人の関係を築くべき」と韓国政府に説教するかの態度を示してもいる。

泥棒するために押し入りながら、そこの家人に対し「戸締りが悪い」だの「防犯の備えを怠るな」などの説教をたれる者のことを日本では「説教強盗」というが、まさに日本政府当局者の態度はそれに等しい。

また、この独島が韓国・朝鮮の固有の領土であるということは、日本政府が数十年来「竹島は日本の領土」と宣伝してきた経緯があり、日本の民衆に知らされていない。右派メディアの産経新聞社とフジテレビ系列が行った世論調査では「『竹島』を日本の領土だと思う」が73.7%、「日本政府がもっと強く領有権を主張すべきと思う」が75%であったとも報道されているところだ(8月4日産経新聞)。

しかしながら、日本政府の独島にたいする一貫した主張=「竹島は日本の固有の領土であり、韓国が不法占拠している」は、歴史資料に基づき研究が重ねられている現状を直視しその成果を受け入れるならば明らかに破綻しているといわなくてはならない。この点は、内藤正中(ないとう・せいちゅう)氏(島根大学名誉教授)の一連の論考や著作、ハンドルネーム「半月城」氏のHP-半月城通信(URLは、http://www.han.org/a/half-moon/index.html )などが精力的に明らかにしているところである。上記、内藤正中氏と韓国の独島問題研究者である金柄烈氏(国防大学校国際関係学部教授)との共著『史的検証 竹島・独島』(岩波書店・2007年)は、最新の歴史研究の成果をもとにして、日本政府のいう「竹島固有領土」論、および1905年の独島を竹島として領土編入したことが合法であるという主張の誤りなどを的確に指摘しているところでもある。

日本政府が独島を日本の領土だと主張する根拠はまったくない。にもかかわらず日本政府がこの主張に固執し、今回「解説書」にその点が明記されることを通じて、遅くとも2012年の中学校新学習指導要領実施以後は、すべての中学校社会科教科書(地理・歴史・公民)に「竹島は日本の固有の領土であり、韓国が不法に占拠している」なる記述が行われ、それを教育労働者が教えなくてはならないものとされることになろうとしているのである。このような事態を決して許すわけにはゆかない。

われわれ、アジア共同行動日本連絡会議は、2005年に続き今回の事態に際してもただちに声明を出し、日本政府・文部科学省に対して「独島が日本の領土ではなく、韓国および朝鮮民主主義人民共和国の領土であることを認めろ」「文部科学省は中学校新学習指導要領解説書に記載した独島に関する記載をただちに撤回しろ」などの申し入れ行動を行ったところである。

以下、日本政府の狙いについて、そしてわれわれの立場と主張について述べておきたい。

【『解説書』への独島領有権明記に至る経過】

簡単に、今回の「解説書」への「独島(竹島)領有権」明記に至る経過を見ておこう。

06年12月、日本政府は日本労働者民衆の反対の声を押し切って、教育基本法を改悪した。日本国憲法の改悪に向けた攻撃の一環であるが、ここでは教育の目標の一つの柱として「我が国と郷土を愛する」という文言で「愛国心教育」ということが設けられ、また教育行政が教育内容に介入する道が開かれることとなった。新たな学習指導要領の編成は、これを受けて開始された。

08年3月に幼稚園、小学校、中学校の「新学習指導要領」が確定し公表された。この作業と同時並行するかのように同年2月、日本の外務省はそのHP上に『竹島問題を理解するための10のポイント』なる10ページのパンフレットを掲載した。従来、同HPにおいては「竹島は日本の固有の領土であり、韓国が不法占拠している」なる主張を掲載し続けていたものであったが、それを問答形式のパンフレットとして掲載したのである。

同年4月には、就任間もない李明博韓国大統領が来日し、日韓首脳会談が行われた。ここでは、2月の李明博大統領就任式の折の会談でうたわれた「日韓新時代」が再確認された。李明博大統領は「日韓は過去の歴史を忘れることはできない。ただ、未来に向かう支障になってはならない」と述べていた。この4月の首脳会談において、独島領有をめぐる問題が話題となったかどうかについてはまったく報道されていない。おそらくそれはなされなかったと思われる。

ところが日韓首脳会談の直後の5月中旬、文科省のリークによるものと思われるが、日本のメディアが、独島(竹島)に対する日本の領有権主張を中学校の新学習指導要領解説書に明記することを報道。たちどころにこの情報は韓国のメディアが報じるところとなり、政府および民衆間に抗議や懸念を呼び起こした。

同年7月8日、洞爺湖サミットで来日していた柳明桓韓国外交通商相は高村日本外相との会談時に「解説書」への独島(竹島)領有権明記方針に対し「深刻な憂慮」を伝えた。高村外相は「まだ決まっていない」と答えていた。

洞爺湖サミット時、福田首相と李明博大統領とは立ち話程度の会話しかしていないが、そこでの「解説書」をめぐるやり取りについては必ずしも明らかではない。

【「解説書」への記載とその意味するもの】

「解説書」にはどのように独島に関する記述がなされているのか。これは、中学校新学習指導要領解説書の「地理的分野」中の「日本のさまざまな地域」の部分に以下のようになされている。

「北方領土は我が国の固有の領土であるが,現在ロシア連邦によって不法に占拠されているため,その返還を求めていることなどについて,的確に扱う必要がある。また,我が国と韓国の間に竹島をめぐって主張に相違があることなどにも触れ,北方領土と同様に我が国の領土・領域について理解を深めさせることも必要である」としている。

日本の右派勢力などは、この記載ぶりに対し「竹島が日本の固有の領土である」という点が明記されていないではないかなどと福田政権の弱腰を非難している。しかし、明らかに「北方領土と同様に我が国の領土・領域」としているのだから、この解説に準拠していっせいに全教科書への「竹島=日本の固有の領土」の記載がなされ、学校現場での教育指導がこれをもとになされることは明らかである。

まさに問題点はここにこそある。「固有の領土」とか「不法占拠」とかの言葉を使っていないから韓国側に配慮しているというのはまったくのペテンである。問題の本質は、独島領有権主張が、日本政府外務省の主張やこれに無批判に追随する日本のメディアの認識と報道ぶりのレベルの問題に止まらず、学校教育を通じて拡大し、日本国民全体の意識や見解とされてしまうということなのである。明らかに従来の一線を越えたものなのだ。

【日本政府の意図とは何か】

日韓政府間においては「日韓新時代」「成熟した未来志向の日韓関係」などとしてきた関係が、「解説書」への独島領有権明記で悪化することを百も承知で、なぜ日本政府はそれを行ったのか。

第一に、従来からの日本政府の独島に対する領有権主張という段階から、国民レベルでの主張と運動形成へと進めたいという野心が明らかである。2005年の島根県「竹島の日」条例制定の背景にも右派勢力の「教科書記載を通じた国民的運動形成」というアドバイスがあったといわれている。「日本軍軍隊慰安婦記述削除」や「南京大虐殺記述削除・修正」あるいは昨年の「日本軍による沖縄戦時の住民虐殺記述削除検定意見」など、日本における一連の「教科書問題」が示しているのは、教科書に対する攻撃と改変を通じて右派勢力や時の政権の意図を全国民化してゆく攻撃が継続しているということだ。

第二にその本質とは何かという点だが、明らかに領土拡張主義が台頭していることをあらわすものである。独島に対する領有権主張の明記とともに、上記「解説書」中の記載における「領域」とは「尖閣諸島(日本名・中国は釣魚島)」を指すものとし、「我が国と韓国の間に竹島をめぐって主張に相違があることなど」の「など」とは、「尖閣諸島に対する中国や台湾の領有権主張を指す」としている。つまりは日本が抱えているとする「領土問題」に国民的関心を喚起させ、領土をめぐる争いが継続していることを自覚させ、これらの地域の領有が「国民的利益」であると誘導してゆくものである。この領土拡張主義への突破口が「解説書」への独島領有権主張明記という事態なのだ。そして一方でこれと同時に、「解説書」においては、自衛隊に関して「我が国の防衛や国際社会の平和と安全の維持のために果たしている役割について考えさせる」とも明記している。従来、「解説書」における自衛隊についての記載事項は、「自衛隊の成立経緯など」を教育すべきとしてきたところからの大転換である。領土拡張主義と一体に「国防のための行動」や「自衛隊の海外派兵や海外での軍事行動」という面を教えろとの記載がなされたことは決して偶然ではないのだ。

第三に、領土拡張主義と一体に、日本の労働者民衆に対する国家主義と民族排外主義の鼓舞と誘導という点を強調しておかなくてはならない。この十年にわたって推進されてきた新自由主義政策によって、労働者民衆の生活破壊は著しく進行している。国民間に政府への不満は充満している状況だ。そして政権の不人気は著しい。政治の機能不全ということがさらに日本の民衆の不満を倍増させている。経済の不調も著しい。このような状況において労働者民衆の不満を外に向けさせることは、ある意味支配層の常套手段でもある。あえて「領土問題」を国民的問題化し、国家主義と排外主義をあおるところに福田政権は踏み込んだのである。この面にこそ日本の労働者民衆は重大な注意をはらわなくてはならないと思われる。なぜならそれは「いつか来た道」であるからだ。国内的に高まる生活不安や苦悩、閉塞的な危機感を民族排外主義などを水路としながら国家の「外部」に誘導されることを通じて、帝国主義の侵略・植民地支配を是としてきた道である。

ところで、その福田首相は、本年1月の国会冒頭の所信表明演説において次のように述べている。「平和で安定した国際社会は、日本にとってかけがえのない財産であり、日本ができるだけの協力を行う必要があります。・・・世界の平和と発展に貢献する『平和協力国家』として、国際社会において責任ある役割を果たします。地域や世界の共通利益のために汗をかく、魅力に満ち、志のある国を目指したいと思います」と。また「韓国とは、2月に就任される次期大統領と、未来志向の安定した関係を構築していきます」とも述べていたところである。

「平和協力国家」とは、歴史研究の成果を無視して独島に対する領有権を主張し続け、それを単なる政府の主張レベルから、国民的認識のレベルにまで押し広げることを通じていたずらに問題を拡散してゆくことではありえない。そしてそうすることのどこに「未来志向の安定した日韓関係」が構築できるのか、と問わねばならない。

【帝国の版図の復活は許されない】

述べてきた諸内容のゆえに、われわれは独島に対する日本の領有権主張はまったく根拠がなく、この誤った主張が「解説書」に記載することを通じて学校の現場に拡散され、国民的合意にまで高められてゆこうとすることに重大な危機意識をもつものである。従って、上記したごとく、日本政府や文科省に対して「解説書」記載の即時撤回と独島が韓国/朝鮮民主主義人民共和国の領土であることを認めることなどを強く要求してきたところである。そしてまた、「解説書」に対する記載をあえて行う日本政府の攻撃が、領土拡張主義の台頭のあらわれであり、日本国内に渦巻く労働者民衆の不満や政府への批判を「外」に向けさせてゆく民族排外主義および国家主義の下への集約を意図したものであることを指摘してきた。

いま一点、明確にしておかねばならないと思われることを述べておきたい。日本政府が「独島(竹島)が日本の『固有の領土』だ」という点を強調したり、後景化させたりしながらも、維持している領有権主張の根幹部分は、1905年の段階で、独島を「竹島」と命名して日本の領土に編入したがゆえに、日本の領土である、といい続けている点である。

「固有の領土」論はウソであることを自白したような論拠でもあるのだが、05年時に独島は「無人島」であったから、当時の国際法でいう「無主地先占」の理論が適用され合法である、とする。しかし「無人島」だということと「無主地」であることとはまったく違う。当時の日本政府自身が、独島(当時の日本政府の呼称は『リャンコ島』)が朝鮮の領土であると認識していたことも数々の史料で明らかにされているところである。すなわち、日本政府は独島が朝鮮の領土であることを百も承知の上で、中井某の「リャンコ島貸下げ願い」にかこつけながら、それを「領土編入並びに貸下げ願い」へと代えて島根県に編入したのであった。この点について、上記した金柄烈氏はさらに研究を深め、まさに朝鮮半島をめぐる領土争奪戦争としてもあった日露戦争の遂行の上で、日本海海戦を目前にした日本海軍がこの島に戦略的価値を見出したがゆえの領土強奪であったとする。日本政府内で独島の編入を促進した人物らは「戦争をするために、独島が朝鮮の領土だと知りながら奪った」という点をつぶさに立証しているところだ(『史的検証 竹島・独島』)。日露戦争における日本の勝利は、1910年の日韓併合へと直結してゆくことになるが、まさに、1905年1月28日の独島の強奪こそ、日帝による朝鮮植民地支配の出発点であったといいうる。

日本の労働者民衆がいささかでも日本政府の独島に対する日本の領有権主張に同調してはならないというのは、この1905年の独島の領土編入=帝国主義的強奪の事実を、日本の帝国主義支配者たちと共有するか否かという根源的な思想次元での問題でもあるからだ。日本帝国主義がその勃興の過程で拡大した帝国の版図をそのまま現在に至っても主張し通用させようという攻撃に対し、絶対にこれを拒否し許さず、その版図を廃棄することを要求することこそ日本の労働者民衆の態度でなくてはならない。そうすることによってこそ、日本の労働者民衆は新自由主義政策や国家主義や民族排外主義のくびきから免れ、日米軍事同盟の強化に真に反対し、おかれている境遇を同じくする韓国の労働者民衆、アジアの労働者民衆と固く団結し、ともにたたかう道を迷うことなく選択することができると思うからである。

(2008年8月11日 記す)

 

 

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